【医療機関の賃上げ・物価高騰支援】病院・クリニックが確認すべき労務リスクとは?

医療機関に新たな一時金!申請に必要な“絶対条件”とは?

「光熱費も材料費も上がる一方だ……」 「賃上げ圧力が強くて、経営を圧迫している」

そんなお悩みを抱える医療機関の皆様に、朗報です。 厚生労働省より、「令和7年度 医療機関等における賃上げ・物価上昇に対する支援事業」の概要が発表されました 。

これは、昨今の急激なインフレと賃上げ要請に対応するため、国が医療機関に対して「賃上げ支援」「物価高騰支援」の2本立てで給付金を支給するというものです。 病床規模によっては数千万円単位の支援になる可能性もありますが、受け取るためには「ある条件」をクリアしている必要があります。

今回は、社会保険労務士としての視点から準備すべき『将来のトラブルを防ぐ』ポイントを分かりやすく解説します。


1. 支援は「賃上げ」と「物価高」の2階建て

今回の事業は、大きく以下の2つに分かれています。

① 賃上げ支援事業

  • 目的: 職員の給与アップ(ベースアップ)の原資とするため 。
  • 使途: 全額を「賃金の引き上げ(ベースアップ)」に使わなければなりません 。
  • 対象期間: 令和7年(2025年)12月〜令和8年(2026年)5月の賃上げ分として活用します 。

② 物価支援事業

  • 目的: 光熱費や食材料費などの物価高騰に対応するため 。
  • 使途: 「診療等に必要な経費」として幅広く活用でき、経営改善に充てられます 。


2. 【病院・診療所別】いくらもらえる?(支給額の目安)

施設の形態によって計算式が異なります。自院がどのくらい該当するかチェックしてみましょう。

【病院の場合】

病床数がカギになります。

  • 賃上げ支援: 許可病床数 × 84,000円
  • 物価支援: 許可病床数 × 111,000円 + 加算(※)

(※)病院の加算について
救急車の受入件数、全身麻酔手術件数、分娩件数に応じて、500万円〜最大2億円の加算がつきます 。
例:100床の病院で加算なしの場合でも、約1,950万円(840万+1110万)の給付となります。

【診療所・訪問看護・薬局の場合】

無床か有床かなどで定額、または病床数計算となります。

  • 賃上げ支援
    • 無床診療所(医科・歯科):1施設 150,000円
    • 有床診療所:許可病床数 × 72,000円(2床以下は一律150,000円)
    • 訪問看護ステーション:1施設 228,000円
    • 薬局:店舗数に応じて 70,000円〜145,000円
  • 物価支援
    • 無床診療所(医科・歯科):1施設 170,000円
    • 有床診療所:許可病床数 × 13,000円(13床以下は一律170,000円)
    • 薬局:店舗数に応じて 50,000円〜85,000円

例:無床クリニックの場合、賃上げ15万+物価17万=合計32万円の支援となります。


3. 【最重要】申請のための「絶対条件」とは?

この給付金を受け取るためには、非常に重要なハードルがあります。 それは、「ベースアップ評価料」を届け出ていることです 。

  • 病院の場合: 令和8年2月1日時点でベースアップ評価料を届け出ていること 。
  • 診療所・訪看の場合: 令和8年3月1日時点で届け出ていること 。
    • ※例外:事務職員のみの診療所や薬局などは、令和8年6月からの届出を誓約すれば対象になる場合があります 。

つまり、「ベースアップ評価料は計算が面倒だから算定していない」という医療機関は、この給付金の対象外になってしまう可能性が高いのです。

もらいっぱなしではありません

特に「賃上げ支援」については、後日報告が必要です。 もし、支給された金額分をしっかり賃上げ(令和7年12月〜令和8年5月の間)に使っていなかった場合、返還を求められます
あくまで「職員へ還元するためのパススルー資金」であることを理解しておく必要があります。

4. 【社労士の視点】申請前に点検すべき「3つの労務リスク」

補助金が出るからといって、安易に「全員一律◯万円アップ」と発表するのは危険です。

この支援事業は「令和8年6月以降も賃上げ水準を維持すること」が支給要件となっています。
つまり、国からの支援が終わった後も、病院側の持ち出しで高い給与を払い続けなければならない「固定費増」のリスクを伴います。

申請を行う前に、必ず以下の3つの労務課題をクリアにしておく必要があります。

① 「残業単価」と「退職金」の跳ね上がりを試算しましたか?

賃上げ(ベースアップ)を行うと、連動して上がるのは毎月の給与だけではありません。

  • 割増賃金(残業代)の単価
    基本給や一律の手当が上がれば、当然、1時間あたりの「残業単価」も上昇します。夜勤や残業が多い医療現場では、想定以上の人件費増になります。
  • 退職金の支払い義務
    もし貴院の退職金規定が「基本給 × 勤続年数」で計算されている場合、基本給のアップは将来の退職金債務の増大に直結します。

【対策】 基本給そのものを上げるのか、それとも「ベースアップ手当」のような別項目を新設するのか。
・ベースアップ手当とした場合には、固定的な手当ですので、割増賃金の基礎となる賃金に含めます。給与システムの点検も必要ですね。
・退職金規定との連動を断ち切る設計にするなど、出口を見据えた賃金設計が必要です。

② 「就業規則(賃金規程)」を変更しないとトラブルの元

「とりあえず一時金(賞与)で払っておいて、後で考えよう」という運用は要注意です。

この事業では、一時的な支給も認められていますが、最終的には「基本給または決まって毎月支払われる手当」へ組み込むことが義務付けられています。

これを口頭やメモだけで運用すると、後々職員と「言った言わない」のトラブルになったり、労働基準監督署の調査で指摘されたりする原因になります。

【対策】 要件を満たすためには、就業規則(賃金規程)の改定が必要です。
「どの手当を、いつから、いくら上げるのか」を明文化し、労基署へ届け出るプロセスまでをスケジュールに組み込んでください。

③ 「不公平感」への説明責任(傾斜配分)

本事業の要綱では、職種による「傾斜配分(差をつけること)」が認められています。 例えば、「医師は賃上げ額を抑え、人手不足が深刻な看護補助者を重点的に上げる」といった対応も可能です。

しかし、これを不透明に進めると、「なぜあの人だけ?」という不満が爆発し、組織の士気が下がる恐れがあります。

【対策】 「全職員一律」にしない場合は、なぜその配分にしたのかという「合理的な理由」を説明できなければなりません。
労働契約法上の「不合理な待遇差」に問われないよう、慎重な検討と、職員への丁寧な説明会(周知)が、制度導入のカギとなります。
「夜勤の有無」は合理的な理由ですが、「看護部からの要望が強い」では他の職種への説明ができませんね。

「もらった後」の設計図はお持ちですか?

『お金をもらうまでがゴール!』の業者には注意が必要です

「上がった給与を、来年以降どう維持するか?」 「不満を持つ職員にどう説明し、納得してもらうか?」 「退職金や社会保険料の増加分はどうカバーするか?」

これら「もらった後」に必ず発生する“人”と“法律”の問題について、申請代行業者が責任を持ってくれることはありません。
「もらい得」ではなく、受け取った瞬間から、貴院には「適正な賃金管理を行う法的義務」が発生します。

私たち社会保険労務士事務所ベイプラスは、単なる「申請屋」ではありません。 医療機関の現場を熟知した専門家として、申請手続きはもちろん、その後の就業規則の改定、職員への説明、そして将来を見据えた無理のない賃金制度設計までをサポートいたします。

「一時金をもらって終わり」ではなく、これを機に「職員が定着し、トラブルのない強い組織」を作りたいとお考えの院長・事務長様は、ぜひ一度ご相談ください。

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