「医師の働き方改革」で病院経営を揺るがす“3つの隠れた労務リスク”とは?

2024年4月に「医師の働き方改革」が本格施行されてから、早くも1年半以上が経過しました。 各医療機関様におかれましては、宿日直許可の取得や労働時間の上限規制(年960時間/1860時間)への対応など、体制整備に奔走されたことと思います。

しかし、制度の「形式的な導入」は完了しても、「実質的な運用」の面で新たなひずみが生じていないでしょうか?

「なんとなく運用できているが、現場の負担感は増している」 「実は、労働時間の管理がグレーなまま放置されている」

もし、このような不安が少しでもあるならば、それは将来の「未払い残業代請求」や「安全配慮義務違反」という巨大な経営リスクの火種になりかねません。

今回は、制度導入後の今だからこそ見直すべき、病院経営者が抱える「3つの労務リスク」について解説します。

(そもそも医師の働き方改革とは?)
労働者に働かせてよい時間のことを法定労働時間と言い、1日8時間、週40時間が限度です。
とはいえ、診療や手術があると1日あたり8時間を超えてしまうことも多々あります。
こうした超えてしまった時間外・休日労働を減らしましょう。1年間の時間外・休日労働は960時間までとします(A水準)。
月平均にすると80時間ということですね。

(月平均80時間とは?)
仮に月~金曜日にそれぞれ3時間残業したとすると、3時間×月間20日=60時間(時間外労働)。
これで終わればOKですが、土曜日や日曜日に入院患者の様子を診たり、処方を指示したりするために出勤することがあります。
1日4時間×4日(週に土or日に出勤)=16時間(休日労働)。
時間外労働60時間 + 休日労働16時間 = 合計76時間 これでセーフですね。

(年960時間を超える場合は?)
救急医療に従事する場合や地域の医療体制を維持するために他の病院に派遣される場合など、特別な理由がある場合は、960時間を超えても良いという特例があります。B水準、C水準といい、さまざま要件をクリアしてお墨付きをもらった場合にのみ、年1860時間まではOKというものです。
※詳しくは末尾にあるリンクから厚生労働省ホームページにアクセスしてご確認ください。


1. 「自己研鑽」と「労働」の曖昧さが招く【未払い残業代リスク】

医師の勤務実態は極めて複雑です。 当直、オンコール待機、学会準備、論文執筆……。どこまでが「労働時間」で、どこからが「自己研鑽」なのか。この線引きの曖昧さが最大のリスクです。

  • よくある現場の風景: 「主治医だから」という責任感で、夜間や休日に患者の容態確認や看取り(死亡確認)のために病院へ駆けつける。 これは医師としての崇高な使命感による行動ですが、労務管理上は明確な「時間外労働」となります。

【経営者のチェックポイント】

  • タイムカードやICカードで「客観的な労働時間」を記録していますか?
  • 「自己研鑽」の名の下に、実質的な業務(労働)を黙認していませんか?
  • 過去に遡って数年分の残業代を一括請求されるリスクを想定できていますか?

36協定の締結はもちろんですが、現場の実態に即した「労働時間管理のルール」が形骸化していないか、再点検が必要です。


2. タスク・シフト/シェアの失敗による【安全配慮義務違反リスク】

医師の長時間労働を是正するための切り札が、看護師や薬剤師、事務職への業務移管(タスク・シフト/シェア)です。 しかし、単に「仕事を他に回す」だけでは、新たなリスクを生みます。

業務範囲が不明確なままタスク・シフトを進めた結果、もし医療事故が起きたらどうなるでしょうか?
病院側は「安全管理体制の不備」を問われ、安全配慮義務違反として高額な損害賠償責任を負う可能性があります。

【経営者のチェックポイント】

  • 移管する業務範囲を、就業規則や職務分掌規程で「明文化」していますか?
  • 新たな業務を担うスタッフに対し、十分な「教育・研修」を行っていますか?

「誰が、どこまで責任を持つのか」という規定の整備なしに、タスク・シフトを進めることは危険です。


3. 健康管理の不備による【過労死・メンタルヘルスリスク】

医師は、強い責任感から自身の不調を隠して働き続ける傾向があります。 「医師の働き方改革」の本丸は、医師の健康を守ることです。

時間外労働が月80時間を超えた医師への「面接指導」や、ストレスチェックの実施は、単なる努力義務ではなく、法律上の義務です。 これらを怠った状態で、万が一、医師が過労死やメンタルヘルス不調で倒れた場合、病院が負う社会的・法的責任は計り知れません。

【経営者のチェックポイント】

  • 時間外労働が上限(年960時間等)に近づいている医師をリアルタイムで把握できていますか?
  • 高ストレス者や長時間労働者に対し、産業医による面接指導を確実に実施していますか?

4. データが語る現実:精神障害の労災請求、「医療・福祉」が最多の衝撃

「ウチの先生たちはタフだから大丈夫」 そう思われている経営者様にこそ、直視していただきたいデータがあります。

厚生労働省が発表した最新の『過労死等防止対策白書』において、脳・心臓疾患や精神障害などの労災請求件数が全業種で増加傾向にあることが示されました。 その中で、精神障害(メンタルヘルス不調)の労災請求件数において、「医療・福祉」業界が全業種の中でトップクラスとなっているのです。

なぜ、人の命を救う医療現場で、働く人々の心がこれほどまでに追い詰められているのでしょうか。

  • 「絶対にミスが許されない」という極度のプレッシャー
  • 患者様やご家族からの理不尽な要求(ペイシェント・ハラスメント)
  • 慢性的な人手不足による長時間労働

これらが複合的に絡み合い、医師やスタッフの精神を蝕んでいるのです。 もし、貴院で労災認定がなされれば、高額な損害賠償だけでなく、「ブラックな職場」としての報道や風評被害により、医師の採用がさらに困難になるという「負のスパイラル」に陥りかねません。


医療のプロには「労務のプロ」のサポートを

「医師の働き方改革」は、単なる労働時間の削減ではありません。 地域医療を守り、医師を守り、そして病院経営を持続可能なものにするための「構造改革」です。

  • 複雑な労働時間管理(自己研鑽の区分け)
  • タスク・シフトに伴う規程の整備
  • 産業医と連携した健康管理体制の構築
  • メンタルヘルス不調を未然に防ぐ職場環境づくり

これらを院内のスタッフだけで完璧に行うのは、非常に困難です。 医療現場の実情を理解し、法的な専門知識を持つ社会保険労務士が関与することで、先生方は安心して「医療」と「経営」に専念することができます。

当事務所では、医療機関での勤務経験(事務職・DMAT等)を持つ社会保険労務士が、現場のリアリティを踏まえた実務的なサポートを行っております。 労務リスクに不安をお持ちの経営者様は、ぜひ一度ご相談ください。

医師の働き方改革|厚生労働省

2024年4月より、医師の働き方改革の新制度が施行されました。このページでは、新たな制度に関するお知らせ、医療機関が行う必要のある手続きなど、役立つ情報や、情報への…

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